東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)35号 判決 1977年6月20日
原告 圭自動車販売株式会社
被告 国
訴訟代理人 岩渕正紀 村長剛二 ほか二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し五七、五三二、四六二円とこれに対する昭和五〇年四月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一、二項と同旨。
2 仮執行宣言を付する場合の担保を条件とする執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、自動車及び自動車部品の販売、整備等を目的とする社会であるが、アメリカ合衆国軍隊を代表する契約担当官と在日米軍基地におけるガレージ役務契約を締結したところ、同契約をめぐり同国との間に民事紛争が生じ、そのため五七、五三二、四六二円の損害を被つた(右損害を被るに至つた経緯及び損害の具体的内容は別紙記載のとおりである。)。
2 原告が被つた前記損害は、合衆国軍隊の構成員である契約担当官の特需契約の受領拒否及び一方的破棄という債務不履行に基づくものであり、したがつてその違法な職務行為によるものといえるのであつて、被告は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(以下この法律を「民事特別法」といい、この法律名に引用されている日本国と合衆国の協定を「地位協定」という。)一条により、原告に対し、原告の被つた前記損害金五七、五三二、四六二円を賠償すべき義務がある。
3 よつて原告は、被告に対し、前記五七、五三二、四六二円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年四月二三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2の原告の主張は争う。
三 被告の主張
民事特別法一条に基づく原告の被告に対する請求は、以下のとおり失当であつて、棄却を免れない。
すなわち、民事特別法は、その法律名にも示されているとおり、地位協定の実施に伴う特別法であり、地位協定一八条五項の内容を国内法的に実現するために立法されたものであるので、この法律により被告が賠償の責任を負う損害は、地位協定一八条五項により日本国が処理することとなつている損害に限定されるものと解すべきところ、地位協定一八条五項はその括弧書において契約による請求権を除く旨明記しているのであるから、契約による請求権につき被告が民事特別法により責を負うことはないといわなければならない。これを本件についてみるに、原告は契約担当官による特需契約の受領拒否及び一方的破棄という契約債務の不履行によつて受けた損害の賠償を求めるというのであり、この損害賠償請求権が地位協定一八条五項括弧書の「契約による請求権」にあたることは明らかである。よつて、原告主張の損害につき、被告が民事特別法により賠償の責を負うことはありえないものである。
四 被告の主張に対する原告の反論
民事特別法は、必ずしも地位協定一八条五項と同一の範囲にとどまらず、原告が請求しているような債務不履行による損害についても、被告国の賠償義務を規定したものと解すべぎである。
理由
一 原告は、合衆国軍隊の構成員である契約担当官の債務不履行により損害を被つたとして、民事特別法一条に基づき、被告に対しその賠償を求めているところ、被告は、右条項は契約債務の不履行から生じた損害について被告の賠償責任を認めた規定ではないと主張するので、まずこの点につき検討することとする。
1 民事特別法は、その法律名が示すとおり日本国と合衆国との二国間条約である地位協定を実施するための国内法であるが、被告の損害賠償責任を定めた同法一条、二条は、その規定の文言及び趣旨に照らして、地位協定一八条五項をうけて、右内容を国内法において実現するために制定されたものと解される。なぜなら、地位協定には右条項の他に日本国政府以外の第三者の本邦における損害賠償請求権について被告がその責任を負うことを予定する規定は存在しないのみならず、規定内容自体も、同条項(a)、(b)によれば、公務執行中の合衆国軍隊の構成員の行為等により本邦において私人が被つた損害に対する賠償請求権については、わが国の自衛隊の行為から生ずる請求権に関するわが国の法令に従つて裁判され、被告がその支払をなすことを定めているのであり、被告は、本来ならばなんらその責任を負う筋合ではない前記の損害について、日本国政府が合衆国軍隊に本邦の施設及び区域の使用を許した条約当事国として、特にその直接の賠償責任を負うことを条約上の合意として予定されたのであつて、したがつて国内法である民事特別法一条、二条が、これをうけて前記の損害についての被告の責任を、後記のように国家賠償法類似の形式において法定したものであることが明らかといえるからである。
2 そうするれば、民事特別法の解釈にあたつて、地位協定一八条五項の規定するところを斟酌することは、十分理由があるというべきであるところ、地位協定の右条項における前記損害に関する請求権には、契約に関するものが除かれていることは、規定上明白である。そして、右条項から契約に関する請求権が除かれたのは、合衆国軍隊と私人との間で締結される契約は、資材、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約(以下「特需契約」という。)が多くの部分を占めるものと解されるところ、特需契約に関する民事紛争については、当事者間の民事訴訟によるほか地位協定一八条一〇項に調停による特別の解決手段が予定されており、地位協定としては、契約に関して生じた損害の賠償請求権については右の解決手段によるほかは特別の規定を置かず、一般の民事訴訟に委ねることとした趣旨にあると解すべきである。
3 したがつて以上の立法趣旨によれば、民事特別法一条にいう合衆国軍隊の構成員等がその職務を行なうについて違法に他人に加えた損害には、合衆国軍隊が締結した契約に関して生じたもの、たとえば契約債務の不履行による損害は含まれないと解するのが相当であつて、被告の賠償責任はこのような損害にまで及ぶものではないというべきである。
原告は、民事特別法一条に基づく被告の責任は、地位協定一八条五項に定めるところとは同一の範囲にとどまらないと主張するが、そのように解すべき合理的根拠はなんら見出せないのであり、前記説示に照らしても右主張は失当である。
4 のみならず、民事特別法一条は、その文言自体によつても明らかなように、国の公務員等がその職務を行なうについて違法に他人に損害を加えた場合の例により、被告が前記の損害についての賠償責任を負うことを規定したものであるところ、その趣旨が、国家賠償法一条一項に類似し、これと同様の責任を被告に負わせたものであることは明白である。そしてそうである以上、民事特別法一条は、合衆国軍隊の構成員等の故意、過失に基づく違法な職務行為である不法行為のみをその対象としているものというべきであつて、契約債務の不履行をもその対象としているとは到底解せられないことは当然といわなければならない。
二 以上によれば、原告と合衆国軍隊との特需契約に関して、合衆国軍隊の契約担当官の債務不履行を理由に、民事特別法一条に基づき被告に対し損害賠償を求める原告の本訴請求は、その主張自体失当であり、他に被告の賠償責任を認めうる法令上の根拠も存しないから、その余の点について判断するまでもなく理由がないことは明らかというべきである。
なお、原告の本訴請求が、契約担当官の不法行為をもその請求原因として主張するものであると解する余地があるとしても、その主張にかかる契約担当官の職務行為上の不法行為に該当する事実は、原告が本訴で賠償を求める損害(別紙参照)との関連からすれば、結局のところ原告の締結した特需契約の債務不履行に該当する事実と重複し、したがつてまた、右請求は債務不履行を請求原因とする請求とまつたく競合するものと解される。そうであるならば、前記説示の民事特別法の趣旨とするところに照らして、不法行為に基づく請求であつても契約債務の不履行に基づく請求と競合する限度においては、同法により被告が責任を負う場合には含まれないものと解すべきであつて、原告の請求が理由ないとする結論には結局影響しないといわざるをえない。
三 よつて、原告の本訴請求はいずれにしても理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)
別紙<省略>